心理的安全性が(社内で)流行ってる
世間の流行から少し遅れて、心理的安全性が社内で流行っています。
全社横断で研修をするので、初学者向けの内容から始まります。
そこで、心理的安全性を一言で言うと「誰もが何でも発言できる環境」という説明されます。
しかし、私のチームの状態に照らし合わせると、間違ってはないけれど言葉足らずだなと感じます。
この感覚を言語化したいと思いました。
心理的安全性の目的はチームのパフォーマンスを上げること
まず、心理的安全性が何のために必要かという話です。
心理的安全性を導入する目的はチームのパフォーマンスを上げるためです。
ブレイクダウンしていけば、組織の課題ごとに分かれ、多面的な意見を集めたいとか、社員の自分ごと感を高めたいとかあると思います。
それが何にせよ、チームのパフォーマンスを上げることにつながらないとしたら取り組みは見直されるべきです。
重鎮のような大部長がいて、チームがおかしい方向に向かっているけれど誰も意見が言えない環境であれば、「誰もが何でも発言できる環境」でまずは合うかもしれません。
「誰もが何でも発言できる環境」の正しさ
「誰もが何でも発言できる環境」に対して正しいと思える部分もあります
様々な角度の意見が得られる
不確実性が高い課題に取り組む時、多くは誰も正解を知りません。
様々なコンテキストやスキルを持った人からの意見を取り入れることで、次にトライすることの精度を上げたり幅を広げることができます。
自分ごと感が高まる、生産性が上がる
前述の大部長のような環境で、チームメンバーは居酒屋で「こんなもの売れるわけがない!」と自身のプロダクトを批判しつつ、言われるがままに作る。
という環境では、仕事へのモチベーションも上がらず、日々の作業をすることだけに集中してしまいます。
一方で、自身の意見がプロダクトに反映されるという環境を作れば、本当に良い施策を考え、自身が良いと思っている施策なので実行するモチベーションも上がるという好循環を作り出すことができます。
「誰もが何でも発言できる環境」の危うさ
「誰もが何でも発言できる環境」という言葉だけを捉えると危うさもあります。
評論家視点の意見、コンテキストを理解しない意見が出てくる
たとえば「こんなものが売れるわけがない」という意見です。
何故そう思うのか、今のプロダクト方針と比較してどこにギャップがあると思うのか、方針変更を提案したいのか、プロジェクトの閉塞を提案したいのかなどが存在しない意見です。
これらを受け止めるのは大変なコストです。
チームのパフォーマンスを上げるための心理的安全性がパフォーマンスを下げることにもなりかねません。
言われる側の立場を忘れる
何でも言える環境は、率直に伝えること・率直にフィードバックを伝えられること・率直に受け止められることがセットでないと機能しません。
たとえばデザイン経験のないおじさん社員から、
「公式Webサイトのカーソルに流れ星を追従させたら綺麗じゃないか」
と1時間の打ち合わせを(善意から)いれられたとします。
デザイナーは流れ星を追加しない理由と推薦するデザイン入門書をおすすめするなどして、3分で提案を却下する必要があり、おじさん社員はそれを素直に受け取る必要があります。
言葉にすると簡単ですが、「提案するときにもっと下調べしてこい」「そんなに頭ごなしに否定しなくてもいいじゃないか」「あいつは全然わかってない。ムカつく」という感情が生まれることが想像できます
または、それが想像できるから、
- 絶対却下とわかっていながら1時間の熱弁を聞いてあげる
-
周りくどく追加しない理由を伝えてあげる
- その結果、翌週再度提案してくる
といったことも起こり得ます
それらは必ずしも否定されるわけではありませんが、チームのパフォーマンスが下がる危うさを兼ね備えています。
「誰もが何でも発言できる環境」に感じた違和感の正体
読み違えると「誰もが(何も考えずに)何でも発言できる(結果、考えている人がフォローするコストが増大する)環境」になりうるなというのが違和感の正体でした。
誰もが発言できるからこそ、最大限受け取り側に配慮してから発言をすべきで、
見当違いのことを言われたら衝突を恐れずにフィードバックをすべきで、
厳しいフィードバックを受けることもあるけれど、それを率直に受け入れられる必要があります。
改めて心理的安全性とは何か
メンバーがチームのパフォーマンス向上という同じ目線で率直に意見交換ができる環境であると思いました。
「誰もが何でも発言できる環境」との差分は大きく二つで、
1つめは、チームのパフォーマンスをあげる大前提があり、そうでないものは切り捨てることが正しいという共通認識を持つこと。
2つめは、発言することではなく、意見交換ができること。発言すること自体には意味がなくて、それが双方向で交換されてチームの学びとなって初めて意味が出る。
「大部長と平社員の対話会をした!心理的安全性!」ではなく、その中で
- 大部長は平社員の質問に真正面から答えられていたか
- 平社員は(雰囲気でもなければ批判でもなく)自身の議論したいことを主張・展開できたのか
- 対話の結果、組織として何を得ることができたのか
あたりが大事になってくるんでしょうね
